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| マキキ聖城キリスト教会SP出前 TO U |
主の御名を褒め称えます。
今回の両親の洗礼を振り返り、毎日のように喜び、感謝しています。
主のして下さったうるわしい業を何一つ忘れるな。
この事を心の板に刻み込みたいと思います。
私たち夫婦が救われて12年間、両親の事をお祈りしていました。
私たちが余りにも真剣に話した為か、話せば話すほど両親はかたくなになり、
アーメンと言うとラーメンとふざけられたり
神様の素晴らしさを話していると「うるさい、もう言うな」と怒鳴られました。
私達は戦っているつもりではないのですが、特に母は私達が熱心になればなるほど闘志を燃やして来ます。
お寺にお話を聞きに行く、33か所参りするなど私達にわざわざ報告しました。
私は彼らは神様から選ばれていないと真剣に思いました。
もう祈らないで良いとまで主人に言いました。
主人は諦めないで時があるから、神様に期待して待とうと、祈ってくれていました。
実は今年6月に母から「助けて」と言われるまで、日本(大阪)に帰国するのは6年ぶりでした。キリストの話ばかりするので嫌がられていてほとんど帰って来れない状況でした。
母は肩の脱臼、父は肝臓から来る脳症で自分だけではやっていけなくなった、と言うのです。
直ぐに帰り、そして5月終わりから2カ月間一緒に暮らしました。
「イエス様、形だけの愛でなく仕えることが出来るように」とお祈りしました。
神様の事は一切口に出しませんでした。
もう十分すぎる位、過去に話していますからお祈りだけです。
私達がハワイに戻った次の日、母が父の薬の投与を間違え緊急入院。
もう二人だけでは過ごせない事が分かり、弟夫婦も一緒に過ごす事を決意してくれ、長く住みなれた大阪を後にする事になりました。
9月もう一度私たちは引越しの手伝いのために日本に行きました。
母の父の病気に対しての不安、これからの生活の為の不安を毎日聞いていました。
母の後姿を見て本当に神様を知ればどんな事にも感謝出来るのに、と残念に思ったり、可哀そうで涙がでました。
そんなある日、大阪で礼拝に行っていました「大阪弟子教会」の伝道師の3人の方と信徒の方2人が家に来て下さいました。
皆で輪になって手をつないでイエス様に今までの事、これからの導きを感謝して祈って下さいました。伝道師の方がイエス様の救いの道へと招いた時、母は「私達は今までのままにさせてください」と拒否を示していました。
弟子教会の先生たちはもう少し時間が掛かりそうですね、でもお祈りしています。と言って
お別れをしました。
その後私は父に、主人は母に、別の部屋で語りました。
たぶん同じような事を語った様です。
「どんな時でも、本当に苦しいと思ったら、イエス様助けてと言えば必ず助けて下さる、そして天国に行けるのよ」と話しました。
二人別の部屋でほとんど同時に「信じる」と告白したのです。
見ず知らずの人が私達の事で来て下さって、真剣に祈って下さった。本当にそれは神様だと思う、と言うのです。神様の愛が彼らを通じて伝わったのです。
不思議な事にそこにいた先生のお一人が、両親が行く姫路の同じ地区の牧師を知ってらっしゃって、神様の導きは本当に凄いです。
まさか両親の行く教会でさえも用意されていたとはびっくりでした。
「私はあなた方の為に立てている計画をよく知っているからだ。−主の御告げ。ーそれはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」エレミヤ書29:11主の御ことばを思い出しました。
その次の日から二人の変わり様はこの人が迫害していた人か?と思うほどでした。
毎日聖書を読んで聞かせ、一緒にお祈りをしました。ある時父は今日は自分が祈る、と、かって出てくるほどです。
10月10日姫路に引越し、病院も12日まで連休。
13日姫路の牧師ご夫妻が家に来て下さり、「洗礼が出来れば良いですね」とお祈りして下さり、その時母は仏壇はお参りしないけれど今まで持っていたものだからお花と水はあげても良いですね。と言っていました。
14日父は引越しの疲れか夜中に、もうこれで天国に逝くのかと思ったほどに苦しみだし、私達は最後のお別れをしていました。
私もお別れの言葉を言った後で、苦しんでいる患部に手を当てて苦しまないように必死にお祈りをしていました。母も心を合わせていました。
その時父が「あっ光が見える・・まぶしい」と言うので私は「イエス様よ」と答えました。
そして決して肉の父から出ない様な言葉を言うのです。
手をちゃんと組み合わせ「私は罪びとです。許して下さい」
本当にびっくりです。
その後直ぐに父は引きつった顔から平安な顔に変わり、苦しみから癒されました。
母がその一部始終を見て、「本当にイエス様は生きてらっしゃるのだね。早く洗礼を受けたい。」と言いました。
次の日の15日牧師先生に電話をして16日洗礼の日と決め、16日父の入院、病床洗礼が行われました。
とんとん拍子とはこう言う事なのでしょう。
本当は苦しいはずなのに二人とも本当に幸せそうです。
次の日曜日、初めてクリスチャンになった母の教会デビューです。
喜びの笑顔の教会の方を見てうれしいそうな母。
母の隣で私達は今までの奇跡を感謝してこんな日が来るなんて思っても居なかった
私の不信仰をお許しください、と祈っていました。
お昼のお食事の時に母は私に何の相談も無しに突然先生に仏壇を持っていますがどうしましょう、と言って完全に自分から離す事を相談していました。
何も言わなくても聖霊様は働いて下さっていました。
仏壇はお嫁さんにより家から離れませんでしたが、両親からは完全に離れました。
お墓も教会に入りたいと宣言しました。そうです、自分達のお墓も捨てたのです。
あの母が、頑なになっていた母がイエス様を愛する者として変えられて行く姿を見て私は高慢だったと思い知らされました。
自分の力で両親を変えるつもりだったのかも知れません。
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」使途の働き16:31
弟はクリスチャンですが、今はお嫁さんがクリスチャンではないので離れています。
私達は家族全員で神様を賛美する。そんな姿を心に描いてお祈りしています。 村松 世伊子
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