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| マキキ聖城キリスト教会SP出前 TO U |
9月のSP 飯島寛子さんからの出前

1.幼少の頃
私は子供の頃から祖母が大好きで、祖母が死んだら悲しい、
(死んだらどこにいくのか?この世界がなくなったら何が残るのかとか?誰がこの世の中をつくったのか?)と考えると恐怖がありました。
ぐるぐる考えていても答えは見つからず、誰も明確に答えてくれず、そして、ずっとなぜが虚しい気持ちがいつもありました。
写真@Tanabe
2.イエス様との出会い
大学から始めたウィンドサーフィンをきっかけに,主人と出会い結婚しました。
その頃、主人はプロのウィンドサーファーで、ワールドカップを転戦していました。自己実現にまっしぐらの夫に、『夫の夢が私の夢』となり、それは私の生きがいにもなり、全身全霊で主人に仕えていました。
幸せを絵に描いたような夫婦でしたが、心の中はどこまで頑張ったらいいのか次第に飢え渇き疲れ果てていました。
結婚して4年後、長女小夏が生まれ、生命の神秘を身体で感じました。
そしてその頃沢山の育児書を読み、色々なことが書いてあるのにとまどい何かひとつ揺るがないものを求めていました。
夫婦でも色々な良書を読み『人生の教科書がほしい』と探し求めていました。家族に恵まれ、周りからみれば羨ましい生活に見えましたが、心の中では満足せず虚しく、真の幸せとは何か?飢え渇いていました。
そしてたまたま、永遠のベストセラーの『聖書』という書物に出会い、宣教師の先生から夫婦で学びの時間をもち、何の疑いもなく子供のように信じ、夫婦そろって救われました。
聖書をしっかりと勉強したわけではなかったのですが、聖書の生きた御言葉が心にぐっと入ってきました。
『すべて疲れた人重荷を負っている人私のところにきなさい。わたしがやすませてあげます。』という聖書の御言葉はとても安心しました。
本当に目覚める経験をして、『真理はあなた方を自由にします。』(ヨハネ8;32) という御言葉のとおり、色々なものから解放されていきました。
それまで私は、占いとか厄年とかご先祖様がとか恐れるものに囲まれていましたので、とっても安らかな気持ちになり、
信仰に出会って歩み始めた時、マリンスポーツで覚えた自然との付き合いは、神様との付き合いに似ていると感じました。
その後の私たち夫婦は、本当に色々あり平坦ではありませんでした。
熱心なあまり、時には「聖書」をタテに、夫婦戦争になるようなところを通りました。他の人を見るのもやめて、つねに信仰の『愛』に立ち返り、自分の力だけでは非常に難しいのですが、イエス様の助けによって「赦しあい」本当の夫婦になれた気がします。今まで私たち夫婦の間には、「海」がありましたが、神様に出会ってからは、私たちの中心が「神の愛」に変わって行きました。
私達家族は、何度も言うようですが本当に恵まれた環境にありまして、いつだったか、友人にクリスチャンは平和で恵まれている人ばかりで、生活に追われている人はそれどころではないと言われたことがあり、自分たちの高慢さを思い知ったりしました。
3.イエス様からの試練
2002年、突然の試練がやってきました。
主人に病気「ガン」が見つかったのです。
主人は病気がわかる前は、天国の話ばかりしていました。ですから神様から癌と言う病気が与えられて、天国へ行く日が近いのかと大変混乱しました。
癌の告知を受けた時、神様からきたものだと知ってはいましたが、自分のことだけしか考えられずに絶望的になり、今後どうしたらいいのか?一人で4人の子供達を育てられない。いままで夫を偶像にしてきたから、神様が取り去ってしまうのか?いろいろ原因を見つけては苦しみました。
でも、不思議と(神様どうしてですか?)と恨む気持ちはありませんでした。
必ず必要な時に必要な力が与えられる、大丈夫、信仰があったからこそ、絶望でもなぜかほんの少し心が平安でした。
一方の主人は、「家、仕事、幸せな家庭、健康などを取り去られた時にこそ、自分の信仰が試されるのだなと」言っておりましたので、「ああ、神様そうですか。今度は癌ですか。」というような素直な気持ちで受け止められました。どんなことでも、神様は最善の道を与えてくださるという絶対的な信頼はありました。
この世では本当に、寄留者で永遠の安らぎはなのだなぁとつくづく感じ、信仰によって永遠の救いが約束されていることが希望でした。
『試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。』(コリントT.10.13)
出口の見えないトンネルの中を歩んでいましたが、トンネルには必ず出口があると信じ、イエス様が共にいてくださっているというのが慰めでした。自分から一歩離れているという感じでした。そして、1日1日できることを一生懸命にしていたという積み重ねの日々でした。
癌の治療のため、当時住んでいたグアム島から日本へ毎月検診に行っていた主人でしたが、精神的にも体力的にも限界がきて、長年築きあげたものを捨て、日本へ帰国しました。とても自分たちの力では、できないことでした。
自分達で築いてきたものをすべて捨てて日本へ帰国したものでしたから、どうしていいのかわからずうつ病にもなり、途方にくれた1年間を過ごしました。
その時のわたしは、「わたしたちの人生は今度どのようなシナリオが用意されているのですが?」と問いかける日々でした。
4.最後に天職
病気になって2年後、もう命に限りがありそうだということが分かったころから、主人に最後に神様から思いがけない作家という天職を与えられました。
この作家という職業は、以前プロのウィンドサーファーをしている時からの、主人の夢でして、「将来は作家になりたい。男版三浦綾子さんのようになりたい。」と言っていましたので、夢を叶えて頂いた気分です。
力ある限り書き綴り、今まで喜びも困難もすべての経験が書くという作業に生かされました。その本を通して神様からのメッセージを受け取るとこができ感謝でした。それが今日本で発売されている、『天国で君に逢えたら』と『ガンに生かされて』と『神様がくれた涙』という本です。
主人が本を書いている時は、病状とは反比例して輝いていました。
その輝きの中から『神様からの深い愛』を感じ、最悪な状態にもかかわらず、心がおだやかで、私も本当にいい時を過ごすことができました。
主人は探究心が強い人でしたので、信仰に出逢ってからは熱心でした。私の友人が家に遊びに来ても、「聖書の話・イエス様のユーモアの話」しかしないので、皆驚いていました。ですからこの方法は人を驚かせてしまうと気づき、他の方法にしようと、本の登場人物にイエス様の御言葉を語ってもらおうと思い直し、楽しそうに執筆していました。小説によってひとりでも大いなる方の「愛」に出会ってくれればとの思い、それだけでした。
そのような主人の傍らにいる私は、本当に身体は主人の手伝いと育児とで疲れていましたが、心は平安でとても輝いた時を過ごしました。そして、この世での仕事が終わった時に、一足も二足も早く、天国へ旅立って行ってしまいました。
5.現在
「私を信じるものは、死んでも生きるのです。」(ヨハネ11;25)
確かに主人は、今も変わらずに私の心の中で生き続けています。
一粒の麦が地におちて死ななければ・・・
という聖書の箇所がありましたが、
まさに主人が蒔いた種が芽を出しているような気分です。
2007年には東宝映画「Life天国で君に逢えたら」という奇跡のストーリーが生まれ、2009年には主人の小説がTBSドラマにもなります。<=写真@Tanabe
そして主人が、目にみえるもの目に見えないものの宝物を残してくれました。その宝物を大切にして、私たち残された家族は生かされています。
今も無くなることなく喪失感と共に生かされていますが、経験したすべてのことに意味があり、現在は不思議な形で同じような経験をした方が集められ、HUG Hawaii(Help and Understanding for Grief)悲しみを理解して助けるというサポートグループが出来上がりました。この活動は、自分の悲嘆からの回復にも大変役立っています。まだまだ手探りですが、共に励ましあって生かされています。自分に与えられた使命を全うしたいと、神様と主人に祈り尋ねながらの日々を送っています。
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